だるま珈琲さんでお会いできた、コギコギさんの後ろに付かせていただいて、勝手に勉強会。
そこから感じた事を一つ。


だるま珈琲さんを出た時に、コギコギさんから非常にうれしいご提案をいただきました。

「この先まっすぐに行けば国道250号線。という所まで、ご一緒しましょうか?」と。


走りこまれている方が、どんな走りをされるのか。
ものすごく興味があり、ありがたく先導していただきました。


後ろ姿が、すごく安定していてキレイなのは、もちろんです。


手信号と声出しの頻度がすごかったです!
こまめに、丁寧に、情報を与えてくれます。

集団走行に、相当慣れている事。
そもそもの意識が高いであろう事。

誰が見ても、それらを感じられるでしょうね。
(趣味として自転車に乗っていない、手信号・声だしの存在を知らない方にもわかるのでは?)

ワタクシはこれまで、人の後ろに付かせてもらったことは数回だけですが。
(そもそも、あまり声までは出してなかったように思います。)

「今後、誰かの後ろに付かせていただく機会に恵まれても、あの先導の仕方を出来るかたには、なかなか出会わないだろうなぁ」と思いました。


衝撃的でしたね。


そんな中でも、一番印象的だったのが。

たしか、センターラインもない、そこそこの道幅を走行中。
前方に、広がって歩く、歩行者集団と遭遇。

コギコギさんは、「歩行者!」とハッキリとした声出しをされます。

ワタクシ「はいっ!」


そうすると、歩行者の方々がこちらに気付いて、広がっている状態から寄って、走行スペースを空けてくれたんですね。

コギコギさん「すいません!ありがとうございます!」と、歩行者の方々に声かけ。


これが、そういうことです。
『声出しは、薄暮時のライト点灯と同義』

一番の使用目的として。
ライト点灯は、自分が路面状況を見るため。
声出しは、自分達が安全に集団走行するため。

まずは、自分(達)の為の行為だと思うのです。


ですが。

ライトについては。
薄暮時、「まだ自分の目には見えてるから、点灯せんでも大丈夫。走れる。」
という選択も出来ます。

声出しについては。
集団走行時、ハッキリとした声出しをしなくても、手信号で減速合図や左右に走行レーンを移す合図で、歩行者集団の間を抜ける事が出来る状況もあるでしょう。


そんな中でも。

薄暮時のライト点灯には、『相手から自分の存在を認識してもらう。』という大きな意味がありますよね。


「声出しも同じなんだなぁ」と感じました。

減速しつつ、歩行者集団の間を抜けれるスペースがあったとしても、あえて声出し。
相手にこちらの存在を認識してもらい、『自転車の通過にかまえていただく』事が、双方の安全に繋がりますよね。

「抜けれる」と思っていたスペースに対して、歩行者がふらっと寄ってくるかもしれないですし。

スペースが空いていたままだとしても。
気付いていない自転車集団にいきなり抜かれたら、歩行者の方々はビックリするかもしれませんし。


ハイブリッドカーや電気自動車は、モーター走行時には静か過ぎて、歩行者や自転車を驚かせる事がある。
その為に、わざと走行音を鳴らす。

この事とも、同義かと。


ワタクシは、自分で気付いたように思っていますが。

実は、コギコギさんは、これらはすでに折込済みで、わざわざ初心者のワタクシに示してくれたのかもしれないですね。


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